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「チェルノブイリ(原題)/Chernobyl」−第4話〜第5話裏話

ここでは「チェルノブイリ(原題)/Chernobyl」のミニシリーズ第4話から第5話について述べていきます。元になっているのは脚本家のクレイグ・メイジンとNPRのピーター・スコットのトークです。

 

第4話

  • 一番印象に残っているシーン

牛舎で乳搾りをしている老婆に若い兵士は今すぐに避難することを促します。しかしこの老婆は断固として避難することを拒否します。

 

兵士:「村中の住民が避難しているんだ。ここは安全じゃない。空気中に放射能

   蔓延しているんだ。」

老婆:「私は生まれてからずっとこの土地で、この家でずっと過ごしてきたんだよ。…

   82歳になる私に「安全」なんて関係ないよ。」

兵士:「住民を避難させることが私の仕事なんだ。問題を起こさないでくれ。」

老婆:「問題?…私が12歳の時、ロシア革命が起こった。あんたみたいな兵士が来て、

   立退けと言いに来た。私は断った。次はスターリン、そして大飢饉、ホロドモー

。両親、2人の兄弟も死んだ。私たち残った家族に対し、立退けといった。私

   は断った。そして第二次世界大戦…ドイツ兵、ソ連兵、たくさんの兵隊たちがこ

   こを通っていった。戦場にいった兄弟は戻ってこなかった。でも、私はずっとこ

   こに住み続けた。多くのことを見てきたんだよ。だから見えない敵から逃げるた

   めに、ここを立ち退かなければいけないってどういう意味なんだ。私はいやだ 

   ね。」

 

老婆が(放射能に汚染されて飲めない)乳を絞りつづけていると、兵士はその乳が入っているバケツを取り上げ全部捨ててします。しかし老婆はまたその乳搾りを始めます。

 

老婆の後ろで兵士が銃を構えます。きっとこの老婆を銃で撃ち殺すに違いない…と思ったのですが、撃ち殺されたのは牛でした。

 

ソビエトではどんな立場にあってもどんな人でも、第二次世界大戦の経験を話す老人には敬意を払うという文化が非常に根強く残っていたそうです。だからこの場面で若い兵士は老婆を銃で撃つことはあり得なかったと脚本家は言っていました。この老婆は避難しました。

 

ちなみに銃で撃たれた牛は本物ではなく、作り物のスタントの牛だそうです。

 

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                wikipediaより

 

ウクライナの気候は温暖で、16世紀以来「ヨーロッパの穀倉」地帯と呼ばれてきました。

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                                    worldatlas.comより

 

地理的には西に東ヨーロッパ、南には黒海があり陸続きでトルコなどアジアへとつながる場所に位置しています。そして東にはロシアが。このため様々な民族が到来し、通過していきました。ナポレオンやヒットラーがロシアへ侵攻する際、まず通過するのがウクライナなのです。その度に多くの人々が避難を強いられてきたという歴史があります。

 

老婆が言っていたポロドモールとは、1930年代にスターリンウクライナ人に対し、計画的に行ったといわれている人工的大飢饉のことです。ホロコーストポル・ポト派による虐殺、ルワンダ虐殺等と並んで20世紀の最大の悲劇の一つだともいわれています。

 

家畜や肥沃な農地を持つウクライナ人たちは、政府によって農業集団化への協力を余儀なくされます。収穫に課せられた収穫高が困難な上に、外貨獲得のために収穫された食物のほとんどは輸入に回され続けたため(飢餓輸出)、政府の政策に反対する農民たちは強制移住させられました。それによって生産量が減少、深刻な食糧不足から大飢饉が起こり、400万人から1450万人が死亡したといわれています。

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     ポロドモールによる飢死者とされる写真 File:Famine Kharkov 1933.jpg

                                                        wikipediaより

 

このような辛い歴史の中を生きてきたこの老婆が自分が生まれ育った場所からの退去を拒否するシーンは老婆の力強さ、威厳、家を離れなければならなくないことへの悲しさ、辛さが伝わってくる素晴らしいシーンだと思います。

 

5話

1986年4月26日に何が起こっていたのか、どうして起こってしまったのかが明らかにされていきます。このエピソードではウィーンで行われたIAEA会議の内容はあまり述べられていません。

 

チェルノブイリ原子力事故を隠蔽できなくなった旧ソ連政府は世界に向けて事故について説明をするためにウィーンを訪れます。その時の代表者が「チェルノブイリ」の主人公である原子物理学者ヴァレリー・レガソフでした。会議開催中、レガソフが西側に逃亡しないように、政府によって非常に厳しく監視されていたそうです。

 

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                                          vanityfair.comより

 

1986年8月にオーストリア、ウィーンのIAEA本部でチェルノブイリ事故専門会議が開かれました。

 

当時の旧ソビエト連邦の国民が西側の国を訪れることが非常に珍しかったことや、西側諸国の誰もが旧ソ連の科学者のスピーチを聞いたことがなかったため、この会議は歴史的な会議であったといっても過言ではありません。それに加え、原子物理学者ヴァレリー・レガソフは5時間もかけて事故に関する多くの事実を認めた上で、非常に丁寧にチェルノブイリの事故について説明しました。

ソビエト連邦原発原子炉の設計にミスがあったこと、それを国が隠していたこと以外は…。

 

これによって、レガソフの原発事故報告は西側の誰もが旧ソビエト連邦の科学者を信じるに値すると評価され、その後取り上げられてしまいますが、KGBからも「英雄」の称号が与えられました。

 

この裁判は原発事故を起こしたチェルノブイル原子力発電所4号炉から20キロ離れた文化センターで行われました。実際の裁判にはレガソフは出廷していません。大事故についての説明も他の人が行い、しかも何週間にもかけて行われた、はっきりいってつまらない裁判だったそうです。

 

脚本家のクレイグ・メイジンは、この裁判のシーンでレガソフ自身にあの夜、一体何が起こったのかを説明させることでドラマのクライマックスを迎えたかったのだそうです。ちなみにレガソフが行った説明は全て事実です。

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                                                        THE IRISH TIMESより
 

クレイグ・メイジンはインタビューの最後にメッセージを残しています。

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                                                  Los Angeles Timesより

 

人間は生きていく上で何らかの嘘をつかなければならない時があります。しかし、真実を消滅するためにつかれた「明らかな嘘」に対しては、真っ向から戦う勇気をもたなければならなりません。この「チェルノブイリ(原題)/Chernobyl」のストーリーを私の人生の後でも先でもなく“今”このように語ることは“現代の社会”に大きな意義があるはずだと信じています。

 

データの改ざん、フェイクニュース、記録や記憶があるのに無いと言ったり、捨ててしまったり…。慣れてしまってはいけないことです。心に響く重いメッセージです。

 

参考サイト: