ひとったび -人と旅と物語-

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初めてのベルリン(2001年8月)

前回のベルリンつながりでベルリンの話。

常に変化している街ベルリンは私の好きな街の一つです。

初めてベルリンを訪れたのは2001年。まだヨーロッパの各国が異なる貨幣を使ってた頃です。

西ヨーロッパを周り、オーストリアハンガリーチェコポーランド→ベルリンへと電車で回りました。当時のポーランドはまだまだ共産圏の雰囲気が残っていて、特に首都ワルシャワは四角い灰色の建物がポツンポツンと建っているだけ。人も無表情。(現在は当時とはかなり違っているそうですが。)そんな所からベルリンに入った瞬間、人々は活気に満ち溢れ、様々な人種が行き交い、ヨーロッパにもこんなにエネルギッシュな街があるんだととても驚いたのを覚えています。

その時宿泊したのが60歳か70歳くらいの老夫婦が営む小さなペンション。毎朝、とても美味しい朝食を作ってくれて、これも食べろ、あれも食べろ、観光に出るときはハンカチ持ったか、車に気をつけろと、まるで自分のおばあちゃんの家に遊びにきたのかと思うほどよくしてくれました。

ある日、そのおばあちゃんが若い頃の写真を見せてくれたのです。その当時のことについて興味深い話をたくさんしてくれました。そのおばあちゃんが生まれた時から住んでいた家は今のポーランド領にあります。庭には綺麗な花がたくさん咲いていて、こじんまりとしたかわいい家でした。

しかし、ある日おばあちゃんの人生が大きく変わります。ドイツが戦争に負けた日、突然アメリカ兵達が家に入ってきて、1時間後におばあちゃん達はこの家を出なければいけなくなったそうです。とりあえず持てる物だけ持ち着の身着のまま家を出て以来、おばあちゃんは自分が生まれ育った家には戻っていないそうです…。

これは私が初めて家族以外の人から聞いた戦争体験でした。

もちろんベルリンには多くの素敵な場所やレストランもたくさんあります。一方でこんなお話や、銃弾の跡が残されている元教会、ユダヤ人慰霊碑、旧西ベルリンに逃れようとして射殺された方々のお墓などなど自分たちの歴史と嫌でも向き合わなければならない場所もがたくさん残されています。我々日本人も学ぶところが多い街だと思います。

15年以上たった今でも、たまにあのおばあちゃんの話を思い出します。

トレップアートパーク
トレップアートパーク(旧ソ連軍のお墓)

ホロコースト記念碑念
ホロコースト記念碑

ベルリンの壁を乗り越えようとして射殺された最後の方のお墓
ベルリンの壁を乗り越えようとして射殺された最後の方のお墓