ひとったび -人と旅と物語-

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伝統や常識にとらわれず夢に向かって生きる女性 〜ザラさん〜

こちらはザラさん。

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ザラさんは私のお気に入りだったメキシカンレストランで働いていた私のお気に入りのウェイトレスさん。(残念ながら先月末で閉店)彼女が薦める料理はすべてGOOD!。2回目訪れた時は、私と夫の名前と前回注文したものも覚えていてくれていました。

 

ある日、ザラさんから「客船クルーズのスタッフとして採用され、7月頃にはインドから離れる」ということを聞きました。ザラさんの小さい頃の夢はフライトアテンドになって色々な国を訪れることだったそうです。飛行機と船の違いですけど、とにかく夢がかないました。そしてザラさんの家族の中で外国を訪れる一番最初の人がザラさんなのです。

 

しかし、その道のりは簡単なものではありませんでした…。

ザラさんの家族はイスラム教徒。女性であるザラさんが家の外で働いたり、結婚する前に普通の男友達とカフェでおしゃべりしたりするのも以前は家族に反対されていました。

 

インドでイスラム教徒の女性として生きるということ、ザラさんのように将来の夢を持つこととはどういうことなのかを話してもらいました。

 

昔から新しいことに挑戦するためには必ずご両親の許可が必要だったそうです。

常に、女の子がそんなことするんじゃないと反対され、ザラさんは自分がやりたかったことを何度も諦めてきたそうです。例えば、足が速かったザラさんは学校の陸上クラブに入りたかったのですが、親の反対で断念。合唱部に入るのも親の反対で断念。何度も反対されているうちに、ザラさんはある日ふとこう思ったそうです。

    なぜ人生一回きりなのに、自分のやりたいことができないのか…。

 

ザラさんのお母さんは12歳で結婚。ザラさんの兄弟、親戚、友達も若くして結婚し、子供を生んでいます。ザラさんは「それが彼らのやりたいことなら心から祝福するわ。でも自分の夢や将来どうしたいのかを考えることもなく、誰からも聞かれることもなく、周りが結婚し、子供を産んでいるからという理由でそうしているのなら、将来何をしたいのか一旦立ち止まって考えるべきだと思う。」と言っています。

 

「家族みんな大好きだけど、今の自分を幸せと思っている人が少ないのが残念」。彼らのような人生は絶対送りたくないというのが、ザラさんが夢に向かって生きていく糧となっているようです。自分が幸せでなければ、周りの人を幸せにできないというのがザラさんの信念です。

 

ザラさんは古い伝統や常識にとらわれず、自分の夢に向かって一生懸命頑張りたいということを、長い時間をかけてご両親に説得してきました。そして最近、やっとご両親が理解をしてくれて、ザラさんをサポートしてくれるようになり、「やっと肩の荷がおりたような感じ」だそうです。またザラさんがすっかり忘れていた小さい頃の将来の夢を思い出させてくれたのはお母さんでした。

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ザラさんは現在25歳。インドのイスラム教徒の女性としては、すでに結婚し、子供を生み、子育てをしている歳だそうです。

親戚からは、「まだ結婚しないのか。」「ザラはちょっとおかしいんじゃないか。」と言われると苦笑いしていました

 

インドから出ることはザラさんの家族にしか言っていませんが、本人がそれで幸せなのであればとみんな喜んでくれているとのことです。お母さんは親戚や近所の人にはなんとか言って繕っておくと言ってくれたそうです。

 

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最後に、ザラさんの将来の夢について聞いていました。

 

一つはご両親に家を買ってあげること。今の家でもいいのだけど、もう少し広い家を買ってあげたいのだそうです。

 

もう一つは、結婚するかどうかはわからないけど、結婚しなかったら、女の子を養子にとって、彼女が将来やりたいことをサポートできる女性/母親になりたいそうです。

 

そして、「一人でも多くの女の子が私の姿を見て、夢を持っていいんだということをわかって、それに向かって頑張ってくれたら嬉しいわ。」と語ってくれました。

 

ザラさんのように、自分たちを縛り付けるような伝統や習慣を変えていこうという女性がインドにはたくさんいて、そのうちの一人、ザラさんに会えたことは私にとって、とてもラッキーだと思います。

 

ザラさんが色々な人や色々な国を見て帰ってきた時、どんなことを話してくれるのか今からとても楽しみです。

 

インド生活に欠かせないもの

インドのデリーに住んでから早5ヶ月。家の外は別として、家の中はすっかり落ち着き、ここしばらくは何も故障せず、滞りない毎日を過ごしています。そこで、今回はインドに住む上で欠かせない物について述べていきたいと思います。

 

空気清浄機

これは超必需品。我が家ではリビング、キッチンを含め各部屋に空気清浄機を置き、フル回転させています。そのおかげで、家の中のPM2.5率は3〜50くらいです。

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インドに引っ越して来たのは去年の11月。デリーの屋外のPM2.5が絶頂(900近かった〜。ちなみに東京は滅多に100を越えません。)の頃でした。空港の建物を出た途端、空気の嫌な匂い、目がしばしばし、くしゃみ、咳が止まらなくなりました。これがP.M.2.5にかかった時の症状例です。ほとんどの人が重装備のマスクをつけていました。

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それに比べたら現在は屋外のP.M.2.5は150〜250ぐらい。青空が見える日も多いです。何が空気を悪くしているのかというと、毎年10月の終わり頃、デリーの周辺では農家の人々が一斉に田畑を焼くのだそうです。と、多くの人は言っています。

 

消毒液

インドに住む外国人からよく聞く“I got a Delhi belly”。bellyはお腹という意味。これは食中毒や何かにあたりお腹をこわし、最低3日間トイレとベッドの往復で苦しんだ時に使われる表現です。幸いなことに、私はまだ寝込むまでには至っていません。お腹を壊さないために、インドに住む人誰もが持ち歩いている物、それは「携帯消毒液」です。食事をする前はもちろんのこと、お金やクレジットカードに触れた時、ドアや何かを触った時など常に消毒液で手を消毒します。インドを訪れる際には携帯用消毒液は必需品。そして常に常に手を消毒してください!

 

ウォーターサーバー

インドでは蛇口からでる水は飲めません。各家庭にはウォータサーバーがあります。

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料理の際は必ずこちらの水を使っています。左側はお湯が出るはずなのですけど、ぬる〜ま〜湯しか出ないのは、ユーザーエラーなのでしょうか?

 

ジェネレーター

ニューデリーでは建物に高さ制限があり、高層ビルを建てることができません。日本でいう4階建ての建物が一番高い建物になります。ですから見通しもまあまあよく、特に緑がたくさん見えるのには驚きます。

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大抵建物には屋上がついており、そこにはとても大きなジェネレーターが置いてあります。それは1日に1〜2回は停電になるからです。

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停電になると(通常は)すぐにジェネレーターが動き出すため、そんなに不便は感じません。停電になるとオーブンなどの時計が止まり、以前はその度に時間を直していましたが、最近は直すのも諦めました。

 

クーラー

我が家にはなんと5台のエアコンが設置してあります。デリーで家探しをしていた時、10軒以上部屋をみましたが、ほとんどの家のエアコンがDAIKINでした。

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もちろん我が家のエアコン5台ともDAIKIN。そして同じリモコンもが5つ!

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すべて同じメーカーのエアコンを持ついい点は、リモコンが見当たらなくても一つのリモコンで全てのエアコンを操作できるところ。たまに、リビングのエアコンをつけたのに、他のエアコンまでついてしまうこともありますけど。デリーでは3月の終わりから急に夏日(地元の人は暖かくなって来たと言っています)になり、すでにエアコンを使っています。ただエアコンといっても、クーラーだけ。意外にもデリーは12月から2月までは朝晩は冷え込みます。今の家に引っ越す前、大家さんに三回くらい、このエアコンはヒーターもついているんですよねと聞いたところ、三回ともついているという回答だったのに、案の定クーラーのみでヒーターはついていませんでした。仕方なく湯たんぽを抱え、ブランケットにくるまりながら生活を送っていました。今年の冬は持ち運びのできるヒーターを購入しようと思います。

 

忍耐力+ワクワク感

最後にインド生活(インド旅行にも)で最も欠かせないものは忍耐力とワクワク感を持つことです。

先日、家のモニター付きのインタフォーンが壊れていることが発覚。家の運転手さんが修理してくれる人にアポイントをとるのに何回もたらい回しされたらしく、彼の手は電話番号だらけで真っ黒。私は「修理をしてくれる人に電話する前に手を洗わないようにね」と冗談混じりに言ったら、彼は笑顔で「写真を撮ったから、大丈夫。」

「そんなにたらい回しされて、よく怒らないのね。」と言うと、「怒っても壊れているものは直らないでしょう。」と逆に諭されました。

「あなたの忍耐力(patience)には感心するわ。」と褒めたのですが、彼が反応したところは「patience」という単語でした。「patienceって、病人のことじゃないよね。確か病人はpatient…。」グーグルの翻訳のアプリで”patience”をヒンディー語に直して聞かせると、「おー、patienceはxxxxx(ヒンディー語)という意味か!」と一人で感動していました。私は彼を褒めているのにです…。

インド人には四コマ漫画のようなどこかクスッとさせられる可愛らしさがあります。本人たちは真面目にやっているようなのですが、私にはギャグとしか思えず、一人で笑いをこらえることもしばしばです。そんなところが見つけられたら、きっとインド生活も楽しめると思います。

しかし、もうだめというときは我慢せず、ワインや焼酎を適度に飲むとか、カラオケで大声で歌いまくるとか、週末にちょっとインドから出ることをお勧めします。

家の家訓は”Don’t be a hero.”(飲まずにいられないときは飲め!ヒーローになろうとするな!)ですから。

知られざる日本の歴史がデリーのど真ん中にありました!

ニューデリーの観光地の一つにPurana Qila(プラーナ・キラー)という古い要塞があります。

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プラーナ・キラーは1533年〜1546年の間にムガール帝国の第二代皇帝フマユーンとそのライバルであるシェルシャー(Shah Shar Suri)によって建てられました。高さ18m、長さ約1.5mの城壁に囲まれた中には美しいモスクや庭園が残されています。

 

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ここは観光地だけではなく、デリーの若者達のデートスポットになっており、天気の良い日の午前中には、驚くほどたくさんのカップルが木陰や幸せそうに会話(?)を楽しんでいます。

 

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しかし、このプラーナ・キラーにはこんな日本の歴史があるのです。

 第二次世界大戦の開始直後から、当時のイギリスの植民地であったアジア(インド、シンガポールスリランカミャンマーなど)に住んでいた日本の民間人たちが拘束されて、ここプラーナ・キラーに強制収容されていました。拘留された日本人の数は約3000人。住居にはテントが与えられました。現在、4月の初めには既に気温は40度前後です。夏の暑さやモンスーンなど過酷な生活だったでしょう。

 

そして1年半後、拘束されていた日本人はラージャスターンにあるデオリ(Deoli)という場所に移されました。そこでは建物に収容されましたが、デオリは砂漠の近くに位置し、デリーのプラーナ・キラーよりもさらに暑さの厳しい場所です。暑さと過酷な生活条件からの病、事故などで多くの死が拘留されている日本人を襲ったと言われています。

 

そして戦争が終わった半年後、収容所で非常に悲惨な事件が起こったのです。日本政府の関係者がここに収容されていた日本人に日本が敗戦したという事実を伝えました。しかし、間も無く日本に帰国できるから冷静に対応するようにと呼びかけました。

 

ところが日本の敗戦を認めない「勝ち組」が敗戦を認めた「負け組」を襲撃したのです。収容所は混乱に陥り、これを阻止しようとしたインド軍が発砲。その結果女性、子供を含め19人が死亡しました。

 

生き残った日本人は1946年6月末に広島県に上陸し、引き上げ証明書、わずかな現金、食料そして物資を支給されただけで、混乱する戦後の日本社会に放たれたそうです。

 

なぜこの事実を知ったのか…。

インドのデリーに引っ越す前に知り合いから7Cities というプログラムに参加することを勧められました。デリーには1100年〜1947年の間に7つ(または8つ)の都市が造られたと言われています。7 Citiesでは、まず選ばれた約50人が1グループ4〜5人の10グループに分けられ、それぞれの都市と名所を割り当てられます。そしてその名所の歴史、関係した人物などについて調べ、その場所に他のグループの人々を連れてゆき、説明してまわるといういわゆるツアーのようなプログラムです。たまたま私のグループが割り当てられた場所がプラーナ・キラーだったのです。

 

プログラムの主催者からこの日本人が拘束されていたらしいという情報をいただき早速調べてみましたが、大東文化大学の非常勤講師である松本脩作さんによって書かれた中間報告しか見つかりませんでした。また参考文献にはほとんどがご本人による自己出版のものばかり…。日本政府もいろいろ関わっているはずなのに、政府による文献、または記録がない(インターネットでしか調べていませんが)というのは不思議です。しかし、偶然にもプラーナ・キラーの歴史を調べることによって、インドのデリーであまり知られていない自分の国の歴史を知ることができたのはいくら悲惨な歴史であったとしてもとても嬉しく思いました。

 

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今のプラーナ・キラーはフマユーンやシェルシャーによって建てられた建築物、ヤシの木や色鮮やかな植物が咲き、とても素敵な観光名所です。デリーを訪れることがあったら、ぜひプラーナ・キラーへ足を運んでみてください。

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住所:Mathura Rd, Near Delhi Zoo, New Delhi, Delhi 110003, India

参考文献:

http://repository.tufs.ac.jp/bitstream/10108/26289/1/cdats-hub4-3.pdf

 

ストリートアートを楽しもう!〜in デリー〜

デリーは遺跡、歴史建造物、博物館、寺院、マーケーット…で溢れる街。しかし、今回はちょっと変わったデリーの楽しみ方をご紹介したいと思います。それはクールなストリートアート(グラフィティ)巡りです。

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その中でも簡単に見て周れるのがLodhi Colony (Kanna Marcket)周辺。NGOのSt+Art Indian Foundationによるプロジェクトで住宅地や商業ビルを楽しい風景にしようとことで始められたそうです。インドをはじめ世界中から訪れたアーティスト達による共同作業で、自然、生、死、宇宙、啓蒙メッセージをテーマに描かれています。

 

見る前にアーティストの背景やメッセージを知ってから行くとより一層楽しめると思いますので、いくつかご紹介します。

 

マハトマ・カンジー

皆さんもご存知のマハトマ・カンジーのグラフィティ。 

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このメガネはマハトマ・ガンジーがかけていたメガネです。

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これは2014年インドのモディ首相が掲げたグリーンクリーンプロジェクトのロゴです。「Cleanliness is next to godliness(清潔は敬神につぐ美徳)」と言われるように、ガンジーは神は心も体も清潔にすることを会得した者に祝福を与えると信じていました。さらに綺麗な街のみ心身ともに綺麗な人々が存在すると…。このプロジェクトの中の一つに650万もの個人用のトイレと50万もの公衆トイレを建設するというのがあります。すごい量のトイレだと思われるかもしれませんが、インド、特に農村地帯ではトイレ不足で今でも様々な問題が起きています。

 

鳥は様々な場所を旅し、様々な物を見聞きしたりしているので、多くのストーリーを持っています。

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アーティストのSenkoeさんがLodhi Colonyのこの場所にカラフルな鳥達を描こうと決めたのは、多様性に溢れるこの地域の住民たちが、この鳥のように、それぞれの背景が違う人同士がそれぞれのストーリーを語り合うことでお互いを理解しあいえばもっと素晴らしいコミュニティーになるはずという思いを込めて描きました。

 

TIme Changes Everything

こちらは他のグラフィティとはちょっと違ったアートです。太陽の光のさし具合とのタイミングがぴったり合わないと、いくつかの単語しか見えないか、または何も見えません。“FAME, VALUE, DESIRE, EMOTION…”

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お昼ぐらいになると、この単語の文字がだんだん太くなり、誰かが静かに一つ一つの単語を太い声で読みあげいるような感覚に陥ります。

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これを製作したのはアーティストのDakuさん。テーマは「時間が全てを変化させる」です。(Block8)

 

ラクシュミー・バーイー

こちらは日本人のLady Aikoさんの作品です。

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Aikoさんは90年代渡米。モデルとなったのは当時王妃だったラクシュミー・バーイーです。ラクシュミーは19世紀半ば自由と独立を得るためにイギリス軍を相手に戦った指導者の一人です。子供を背負いながら剣を振り上げるラクシュミーの姿はとても有名です。

 

Aikoさんがアメリカで駆け出しのグラフィティアーティストの頃、女性は彼女一人だけでした。当時は「君はアジアの女性だから、この小さい壁にでも描いてな」とあしらわれたことも多々あったそうです。確かにこの仕事は壁によじ登ったり、服ばかりでなく髪まで汚れることが平気でなければできない仕事です。しかしこの仕事が大好きでずっと続けてきたことで、今ではグラフィティアーティストとして世界中で活躍するアーティストになりました。女性グラフィティアーティストとして生きてきたAikoさん自身の人生とラクシュミーが自由と独立を求め戦った力強さが重なり、この絵を描こうと思いたったそうです。(Lodhi Colony Block15)

 

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ちなみにこちらはLady Aikoの向かい側に描かれているアートです。

 

宇宙飛行士

スイスのアーティストによる作品です。

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壁の上の中央に宇宙飛行士がちょこんと座っているのがわかりますか。これには目の前のほんの一部しか見えてなくても、少し見方を変えることで自然と全体像が見えてくるというメッセージが含まれています。

 

他にもたくさんのストリートアートが見られます。どうぞお楽しみください。

    f:id:philotrade:20180330161417j:plain                 マグマの木

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            Fusion Art (Rakesh Kumar Memerot)

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                母なる大地の喪失

 

Love Yourself, Love Your Body (自分の体にコンプレックスを持つ女性達へ)〜Beloved Beadwork〜

日本で作られた部品や素材が、こんな所で使われているなんて!と驚いたことはありませんか?

 

PhilotradeのビジネスパートナーであるBeloved Beadworkは南アフリカケープタウンでグラスビーズを素材に、見とれてしまうほど素敵なジュエリーを作っています。実はそのグラスビーズがなんと日本産なんです。

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Beloved Beadworkのアンさんは今のビジネスを始める際、世界中からグラスビーズを取り寄せたそうです。完璧なジュエリーを作るためには一つ一つのグラスビーズのサイズ、形が全て同じでなければなりません。その基準をクリアーしているのが広島産のグラスビーズなのだそうです。広島で作られたグラスビーズが南アフリカに渡って美しいジュエリーに生まれ変わり、今回Philotradeによって初めて日本に里帰りしたのです。

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初めてBeloved Beadworkのジュエリーを写真で見た時、綺麗だけどアジア人の私の顔に似合うのだろうか、派手過ぎないだろうかと半信半疑でした。しかし、Beloved Beadworkのアンさんのお話を聞きき、日本の皆さんにもぜひ紹介したいと思ったのです。

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そのお話とは…

 

ケープタウンBeloved Beadworkのショップに来てくださる女性達がジュエリーを試着している表情を見ていると、たくさんの発見があります。

例えば、イヤリングをつけて鏡の中の自分に微笑んでいる女性。このイヤリングが彼女の一番気に入っている表情をひきだしてくれたのでしょうね。ジュエリーをつけて喜んでいる女性を見ると、私もつい顔がほころんでしまいます。

 

しかし、中には気に入ったジュエリーを笑顔で手に取り、鏡を見るや否や、がっかりする女性を見かけることがあります。きっと「若者の首には似合うけど、私の首にあうようなネックレスじゃないんだわ。」とか「これをつけたらここの傷が余計目立つかも…。」と感じているのでしょうか。ジュエリーを身につけたことで自分の気に入らない部分を発見してしまったようながっかりした表情です。こんなリアクションを見ると胸が痛みます…。

 

私自身、以前から自分のお腹にコンプレックスを持っていて隠そう隠そうとしていました。どんなにダイエットをしても頑固なお腹は凹みません…。

 

2014年、乳がんと診断され、両方の乳房の切断手術を受けることになりました。担当のお医者様によると、最新の乳房再建手術ではお腹の上部の組織を使い柔らか乳房を作ることができるとのこと。ただし、乳房に使える十分な量の組織がある場合のみこの手術が可能なのだそうです。ずっとずっとコンプレックスを持っていた私のお腹が、この時救世主となったのです。

 

私はショップで気にいったジュエリーをつけ、鏡を覗き込んだ瞬間に暗い表情になるお客様を見るとこう叫びたくなります。「あなたはそのままで十分綺麗なのよ!」と。

 

そしてBeloved Beadworkのジュエリーを手にして、「私よりも若くて、スリムな女性達をターゲットにしているジュエリーなのかも。」と感じている女性がいたとしたらこう伝えたいです。

Beloved Beadworkの私たちスタッフは、女性の一人一人を念頭に置いて作っているんですよって。あなたが隠したいと思っている傷、短いと思っている首、太すぎると思っている手首、乾燥した肌などを思い浮かべながら作っていますと。

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でも、私たちが一番大切にしたいのはあなたの心です。Beloved Beadworkのジュエリーを身につけて、あなたの美しい心/内面を表現していただければ、私たちスタッフはとても光栄に思います。

 

このお話を聞いて、一目惚れしたインフィニティネックレスを身につけてみました。

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そしたらどこからか「綺麗よ」という声が聞こえてきたような気がしました…。

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Beloved Beadworkの商品は以下のサイトから購入できます。

Philotradeショップサイト:

http://philotrade.shop/store/Beads-accessories-c27440427

Yahoo shopping :

https://store.shopping.yahoo.co.jp/philotrade/belovedbea.html

南アフリカの女性達の手作りビーズアクセサリー」についての記事とお話しはこちらをお読みください。

http://philotrade.hatenablog.com/belovedbeadwork_to_have_and_to_hold

バンコクで和食の質の高さに驚いた!

先日約10数年ぶりにバンコクを訪れ、本場のおいしいタイ料理を十分満喫してきました。                 

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が!今回はバンコクの和食レストラン、居酒屋、日本食スーパー、パン屋さん…と和食の質の高さに興奮しました。

 

外務省(2016年10月)の統計によると、日本の領土以外に在留する日本人(在留邦人)の総数は133万8,477人。国別に見ると以下の通りです。

 

外務省(2016年10月)の統計によると、日本の領土以外に在留する日本人(在留邦人)の総数は133万8,477人。国別に見ると以下の通りです。

 

在留邦人数

アメリカ

42万1,665人

中国

12万8,111人

オーストラリア

9万2,637人

タイ

7万337人

カナダ

7万174人

http://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000260884.pdf

* 在留邦人:海外に3ヶ月以上在留している日本国籍を有する者

 

タイの在留邦人数は約7万人で第4位。そのうち約3万人がバンコクに住んでいるそうです。ちなみに私が住んでいるインドの在留邦人数は9,147人で第22位でした。

 

外務省のHPによると、日本とタイの交流は600年も前からあり、当時の首都アユタヤには日本人町があったそうです。鎖国令によって交流が一時衰退しましたが、そう考えると21世紀の今、バンコクに「日本人街」があっても不思議ではないのでしょう。    

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デリーでは基本的な食材はまあまあ手に入ります。ただ、多くの日系企業ではインドは生活するのに大変な国に指定されているそうで、日系企業勤務の駐在員の方は年に何回かバンコク、ドバイまたはクアラルンプールへ食料などの買い出し、または日本から食料を送れるという羨ましい補助が会社からでるそうです。バンコクのスーパー側もそれを承知していて、食料を送る(または持って帰る)際のパッキングもきちんとしてくれるそうです。

 

バンコクにある和食レストラン、スーパー、デパート

和食レストラン、日系スーパーなどが多い地域は Phrom Phong(プロンポン)駅の近くです。

 

この駅に直結しているEmporiup(エンポリアム)デパート。ここには高級ブランド店やユニクロが入っています。(確か)1FにはGroume Market(グルメマーケット)が入っており、インドから出てきた私は一つ一つの商品、スーパ自体がとても綺麗なこと、さらに商品の豊富さに感激しました!

          

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インドだと商品のパッケージ一つとっても、どこをどう運ばれてきたのかと不思議に思うほど(少々)汚れていたり、潰れていたりするのです。

 

バンコクでは和牛が人気らしく、神戸牛をはじめ有名どころの和牛が綺麗に陳列されていました。もちろんインドでは基本的には牛肉は売られていません。

 

デパートを出てSukhumvit Rd.のSoi33の道を入ると、そこはもう日本!

  • ラーメン亭:昭和チックなラーメン屋さん。日本のラーメンやタイならではの激辛ラーメンが味わえます。
  • カスタードなかむら:日本の美味しいパン屋さん。商店街の肉屋さんで買うようなコロッケがとても美味しかったです。
  • フジスーパー:日本の食材はもちろん日本酒、焼酎なども置いてあります。また、タイカレーのレトルトも置いてあったりしてお土産にいいかも。
  • 生そば あずま:こしがあって美味しいお蕎麦が食べられます。そば3玉まで同一価格というのがうりです。結構タイ人のお客さんも多く、こんなシンプルな味を好むのかと新しい発見でした。

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  • 鳥波多:うわさではランチがとてもお得で雑炊がおいしいとか。私は夜に行きましたが、鶏のレバーは絶品‼ タイの方が焼き鳥を焼いている以外、日本で食べているのと全く変わりません。アメリカ人の夫とタイ人のウェイトレスが日本語で会話をしているのがちょっと面白かったです。

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ということで、旅の途中で和食が恋しくなっても、バンコクは全く心配がありません。

 

タイ料理、マッサージ、バー

せっかくですので、バンコクでおすすめのタイ料理、マッサージもご紹介しておきます。

  • Suda Soi 14プラスチックの椅子にシンプルなテーブル。そうそう、バンコクにある昔ながらのタイ料理食堂。どの料理もおいしく地元の人、観光客にとても人気があります。暑い日の夕方あたりから、じわーっと額に汗をかきながら食べるのもバンコクらしくていいと思います。

    http://www.wheretoeat-bangkok.com/holes_in_the_wall.html

  • Tamnanthai (Times Square):スタッフの方がとてもフレンドリー。少し日本語が通じます。料理も美味しいのですが、デザートの「マンゴーとスティッキーライス」はマンゴー好きの方には食べていただきたい。

    http://www.tamnanthai.com

  • Jim Thompson Restaurant and Wine Bar:おしゃれなレストランをお探しの方はこちらへ。Jim Thomspson博物も同じ敷地内にあります。もちろん料理美味しいので美味しいのですが、もっと興味深いのはJim Thomsonという人物。Jimさんはアメリカ出身のビジネスマン。タイをとても気に入り、アメリカの生活を捨てタイに移住。そしてタイのシルク産業に大きな投資をすると共に貧困層の人々への援助など行っていました。また東南アジアの骨董品、美術品のコレクターとしても知られています。ところが1960年代後半、マレーシア訪問した際、突然消息が分からなり今でもその謎は解けていません。

        http://www.jimthompsonrestaurant.com/jim-thompson-restaurant-and-wine-bar/

  •  King And I(足マッサージーSukhumivit Branch):観光で疲れたら、ぜひこちらの足マッサージに行ってみてください。気持ちがいいので、ついつい居眠りをしてしまうくらい。ジーンズなどで行くと「このパンツを履き替えて」とXXXXLサイズぐらいのパンツを渡され驚きますが、紐をぎゅっと結べば落ちませんのでご安心を。

  http://www.kingandi.co.th/location.html

  • Sofitel ホテル(Sukhumivit)のバー:このホテルのオススメは電車の駅が近く便利なこと。そしてスタッフの方みなさんとても親切。日本人の方も何人か常駐されているのでおすすめのレストランやタイのことなどいろいろ教えてくれます。ちなみにこちらに書いた和食レストランの情報も日本人のスタッフさんからいただきました。また最上階にあるL’appartというバーではワインやビールを片手にバンコクに沈む綺麗な夕日が見ることができます。(ビジネスカジュアル:予約が必要)

         https://www.accorhotels.com/gb/hotel-5213-sofitel-bangkok-  sukhumvit/index.shtml#section-restaurants

 

行きは空っぽだったスーツケースが帰りは食べ物と洋服でパンパンになりました。

 

今夜はフジスーパーで買ってきた黒霧島をロックで飲んでおります。

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背中をポーンと押された言葉

先日、帰国間近の知り合いにボランティアの仕事を引き継いでくれないかという話をいただきました。でもその時は即答できずちょっと考えさせてという返事をしたのです。

 

なぜ即答できなかったのかというと、Philotradeの仕事もしているためそれに影響がでないだろうかという不安、インドのコミュニティーに深く踏み込むようになる不安などなど先のことをいろいろ考えてしまったからです。

 

そんな時、あるラジオ番組で、朝日新聞出版から出された「私の夢まで会いにきてくれた。3.11亡き人とのそれから」という本の紹介をしていました。

(今や世界中ほぼどこでもWi-Fiさえ繋げられれば日本のラジオが聴けます)

 

東北学院大学のゼミ生が、東日本大震災の遺族の方に夢に出てくる亡くなった家族や友人とどのように交流しているのか。そして夢を見ることでどのように気持ちの折り合いをつけているかというインタビューしたものを載せた本です。  

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                                                     https://goo.gl/G3MGeb

 

(以下ラジオからの引用)

津波でご両親を亡くされた女性:

…両親との暮らしがこれから当たり前ようにずっと続くと思っていた。

忙しさに追われ、父母ときちんと向き合っていなかったかもしれないという思いが心の中に小さなしこりとして残っている。

 

今は誰とでもほんの少しの関わりを持たせてもらった時は「ありがとう」と出会えたことに感謝して口にするようにしている。明日は来ないのかもしれないのだから。うちの両親も含めて津波にのまれた人たちって、先のことも考える間もなかったんじゃないのかな。みんな生きたい、生き抜きたいっていう願いしかなかったと思う。

 

生きている私たちは失敗してもやり直すチャンスがあるし、どうしようかなあて考える時間もあるじゃない。亡くなった人たちは5分、10分あったら生き延びられていたかもしれない。その時間が今の自分にあるっていうだけで幸せなんじゃないかな。

 

地震の後、海辺に近い自宅に忘れた財布を取りに行こうとした友人を津波で亡くした男性:

…あの時、あの友人を止めていれてば津波に遭わなかったのかも。

あー、一瞬なんだな。すべては。そんな考えが頭に浮かんだ。何が人の運命を決めるのかは分からない。けれどほんのわずかな時間で人生が変わることがあるんだ…。

 

この番組を聴いていた時に、ふと聞きたくなったのがAlan Watts(アラン・ワッツ)というイギリス人の哲学者/思想者のスピーチでした。

             www.youtube.com

要約:あたなはいつも将来のために生きてきた。

学生時代にはいい高校、いい大学に入学し、いい企業に入社できるように一生懸命勉強し、会社ではいい仕事をして出世しようとあくせく働く毎日…。

そして、40代のある日、以前から目指していた事を手に入れたことに気づく。

そこに辿り着き夢が現在になると、もうあなたはそこにはいないのだ。なぜなら再び将来に向かって歩き始めているから。

あなたは常に今の自分が存在しない将来に生きているのだ。

「今」この瞬間を思いっきり生きることができなければ、あなたはきっと一生、人生を満喫することはできないだろう。(以上)

 

確か2年前でしょうか。同じスピーチを聞きましたが、あまりピンときませんでした。しかし、インドで生活を始め、自分の体や気持ちと向き合うようになったこと、おもしろい人達、インドの長い歴史や深くて複雑な文化との出会い、さらに7年目の3.11が訪れ、生き残られた方や、今だに大変な生活を強いられている方々の声をまた聞く機会が増えたことから、今このスピーチがすんなりと入ってきたのです。

 

先のことはとりあえず置いておき、自分が存在する「今」をもっと楽しもうと思い始めました。そうしたら、無理かもと思うこともやってみようかなと思うようになりました。

 

で、ボランティアの話に戻りますが、結局引き受けることにしました。一体どんな人に出会うのか、どんなことになるのか全く想像できませんが、今は不安よりその時その時を楽しみ、悩む時は悩めばいいかなと思っています。

 

ラジオの中で、東北学院大学のゼミ生が遺族の方にインタビューをお願いしても何度も断られて心が折れそうになったとおっしゃっていました。でも、諦めずにインタビューを続けてくれたおかげで、このラジオ番組を聴いていたインド在住の私は背中をポンと押され、今、小さな(大きすぎるかもしれない)決断をすることできました。